現在のTOBYOプロジェクトの焦点はネット上の闘病記録すなわちデータにあり、もはやパッケージとしての「闘病記」に対する強いこだわりはない。いわゆる闘病記パッケージに関することは、闘病記屋さん達に任せればよい。そう考えている。
それでもキンドルやiPadの出現によって電子書籍が現実のものになってみると、パッケージとしての闘病記をめぐる状況もこれまでとは大きく変わってきている。闘病記を出版したいと考えている人達にとって、自分の闘病記を出版しマネタイズするチャンスが訪れているからだ。
「電子書籍の衝撃」(佐々木俊尚、ディスカバー携書)は電子書籍の現下の状況をレビューしつつも、その背景をなす文化的、社会的イシューに目を配り鋭い考察を提出している。本論ではないが、脇に周到に配された記号消費終焉論などもたいへん面白く読めた。さて、本書第三章「セルフパブリッシングの時代へ」だが、ここで紹介されている方法で、近々日本でも闘病記をセルフパブリッシングする人が出てくるだろうと思った。
「アマゾン・デジタル・テキスト・プラットフォーム」という長ったらしい電子出版サービスを使うと、自分の作品を簡単に出版することができる。これまで日本では自費出版サービスがあったが、このアマゾンのサービスは次の点で従来の自費出版サービスと異なる。
- 初期費用は無料で、売れた分だけ手数料をアマゾンに支払う
- 刊行された電子ブックはそのままキンドルストアに並び、プロ作家の作品群とフラットに表示される
つまりこれは自費出版ではなく、初期コスト・ゼロの新しい個人出版サービスなのだ。もちろん電子ブック出版だけでなく、紙に印刷し製本するオンデマンド・サービスもあり、これを使えばアマゾン・ブックストアに自分のリアル本を並べて売ることができる。
「オンデマンドで制作された本は、アマゾンのオンライン書店で販売されます。つまり他のプロが書いた本と同じように、アマゾンのラインアップのひとつとして表示されるということ。注文があれば即座に印刷され、24時間以内に出荷される仕組みです。またアマゾンだけでなく、自分のウェブサイトで直販する「eストア販売」という方法も用意されています。」(同書第三章「セルフパブリッシングの時代へ」)
また、「本」として正規の体裁を持ち流通するためには国際規格ISBNを取得する必要があるが、これも手数料を払えば個人で取得することができる。つまりこのサービスを使えば出版社が行う業務をすべて個人でおこなえるのであり、しかも著作権は全面的に自分自身で管理できる。ちなみに売り上げに伴う印税だが、通常の印税率よりも高く、自分のサイトで販売した場合は52%、アマゾンで販売した場合は32%であるという。たとえば自分の本に1000円の価格を設定すると、それぞれ520円、320円を受け取ることができる。
これまで闘病記を出版するとなると、大枚100~200万円も払って自費出版サービスを利用しなければならなかった。またインターネットで発表する場合、マネタイズする手段はなかった。だが、アマゾンをはじめ電子出版プラットフォームの登場により、今後、闘病者自身がセルフパブリッシングを利用して闘病記出版でお金を得る道が開けるわけだ。単独で本一冊分の原稿を書くのは大変かも知れないが、同病仲間の共同執筆オムニバス本などは刊行しやすいのではないか。日本語サービスの早期実現を待ちたい。
三宅 啓 INITIATIVE INC.