以前のエントリー「医療現場へ浸透するWeb2.0」でジョン・シャープ氏のプレゼンテーションをご紹介した。その際、「とりたてて新しい独創的な知見が示されているわけでもないのだが、web2.0のコアコンセプトと事例を的確に要約し、応用の可能性を丁寧に説明している。」などと評したが、このプレゼンの中で重要な箇所を見落としていたので改めて取り上げたいと思う。
見落としていたのはこのプレゼンテーションの「破壊的テクノロジーとしてのWeb2.0」と題された38ページ。上図にこのページに掲出されている対比表を訳してみたが、先週からブロゴスフィアでもこの対比表が話題になっている。
この表を一覧すれば、なるほど、いかに医療業界の価値観とWeb2.0の価値観が喰い違うかがよくわかる。この表は、さまざまな示唆を与えてくれるのだが、ここで示された差違のポイントを改めて短く要約すると、次のようになるだろう。
- リスク
- 権威
- プライバシー、セキュリティ
- 開発期間
- データ・マネジメント
- 知的財産
上記のようなポイントで医療業界とWeb2.0の価値観が決定的に違っているのだから、簡単に「Health2.0」のようなものが起動しないわけである。また、日本においてこれまでウェブ医療サービスがさしたる成果を挙げてきていないのも、このような医療業界側の古い価値観がなかなか変わらないために、新しいサービスが生み出されなかったとも言えよう。
医療業界側のこれら価値観をまとめ直すと、「権威重視でリスク嫌い。プライバシー、セキュリティ、知的財産の厳格規制。データ・コントロールで長期開発。」となる。つまり「権威、規制、コントロール」と、見事に「前時代遺物三点セット」がそろっているようなものであるから、ここから何か新しいコトが起きるのを期待しても空しい。
この医療業界側の価値観は、どうやらエスタブリッシュメント社会全体の価値観と言い換えてもよさそうである。ただ、他のエスタブリッシュメント業界に比しても、医療業界の価値観の堅固さは際立っている。だから他産業よりも一層、2.0など新しい動向に対する反応は鈍い。
これはもう価値観と言うよりも文化といった方が良いのかもしれない。「Health2.0」などと言われ始め、新しいムーブメントが起きつつある医療を取り巻く現状は、言ってみれば古い医療業界文化とWeb2.0に触発された新しい文化との衝突を目撃しているようなものである。
シリコンバレーから始まったWeb2.0ムーブメントは、さまざまな業界、地域へと波及し、とうとう医療業界にも到達した。Web2.0の定義といって、二年前オライリーが提示した「2.0ミームマップ」の他にはこれというものはない。
この「ミームマップ」自身が、全体像を俯瞰したにとどまり、さして精緻な「定義」とは言いにくい代物である。
だがいったん「2.0」と言ったとたんに、これまでのすべての現実を「1.0」の中へ、つまり「前時代のもの」へとカッコに括り、一括して相対化してしまえる自由度をわれわれは獲得したのだと思う。この「自由」は、その意味で脆弱で一時的なものだと了解しなければならないが、医療分野において、とりあえず現下のコマンディング・ハイツ(戦略高地)を明確化するためのツールとして非常に有用なのである。
三宅 啓 INITIATIVE INC.