23andMe社が新薬開発へ進出

23andMe CEO and Founder Anne Wojcicki,Forbes

「製薬企業は消費者との直接の関係を持っていない。消費者はいつも被験者だった。彼ら消費者に参加してもらい、『あなたがこの研究に貢献し、あなたがこの研究を実現したのだ』と称揚することで、私達はこれまでと違うやり方でものごとを達成できるだろう。」 (23andMe社CEOアン・ウォイッキ氏,The Verge)

3月12日、米国23andMe社は新薬開発事業に進出することを発表した。23andMeといえば、かつてゼロ年代に台頭したHealth2.0ムーブメントから登場したスタートアップであり、Googleのグループ会社として、さらにはCEOのアン・ウォイッキ氏がGoogleファウンダーのセルゲイ・ブリン氏の妻であったことも手伝い、ひときわ大きな注目を浴びた企業だ。

99ドルで遺伝子解析キットを直接消費者に販売し、回収・解析の上、疾患罹患リスク予測や先祖推定などを提供するこのサービスは、はじめ順調に軌道に乗るかと思われたが、一昨年、米国FDAの解析キット販売停止勧告により、その前途は一挙に視界不良となった。(当ブログ「イノベーションと規制」参照)。「もう23andMeは終わりかもね」とさえ言われたが、今回の「転進」は、同社にとって起死回生の新戦略になる可能性がある。

このFDA勧告が「転進」へ歩を進める大きな引き金になったのは間違いないだろうが、むしろ窮地に立たされた23andMeが改めて自己の保有資源と強みを再検証し、事業を再定義した結果が今回の発表になったのではないだろうか。では、23andMeの「保有資源と強み」とは一体何だろう?端的に言って、それは「データ」である。2006年のサービス開始以来、23andMeはすでに85万人の顧客を獲得しており、その遺伝子情報データベースは世界最大規模になっている。実はその遺伝子情報データベースを、同社はこれまでファイザー社をはじめ大手製薬企業に提供してきている。つまり同社ビジネスモデルは、ユーザーから入るサービス利用料のみならず、製薬企業へのデータサービスから上がる収入の二本立てになっていたわけだ。

これらの状況を俯瞰してみれば、23andMeは遺伝子情報を介して、消費者と製薬など医療業界をつなぐ立ち位置にあった。換言すれば、医療情報の新たなフローチャネルを社会に創ったということになるが、さらに消費者が直接医療関連の研究開発に参加する道を開いたとも言えるだろう。そしてこのことは、奇しくも先日発表されたApple社の新たな医療プラットフォーム「ResearchKit」構想ときわめて似ている。IT企業と医療業界の今後の関係を考察する上で非常に興味ふかいことだ。

だが、23andMeは遺伝子情報フローチャネルという立ち位置を超えて、自ら遺伝子情報から新薬を開発することを決定した。そのことによって、当然、製薬企業顧客との競合が起きる可能性があるにもかかわらずである。これについて23andMeは「製薬企業とのパートナー関係は従来と同じで変わらない」とアナウンスしており、製薬企業側も今のところ異論はないようだ。

新薬開発に着手するために、まず23andMeは、バイオテック業界のジェネンテック社から新薬開発に実績のあるリチャード・シェラー氏を同社チーフ・サイエンス・オフィサーに招聘した。シェラー氏はジェネンテック社在籍時、23andMeの遺伝子情報データベースを利用した経験があるだけに、新薬開発における遺伝子データベースの持つ潜在的可能性を熟知している。23andMeは願ってもない人材を獲得したわけだが、新薬開発セクションのスタッフは彼以外まだ誰も決まっていない。シェラー氏のコメントではアウトソーシングなどを活用し、短期間に開発陣容は整えられるということだが、そんなに簡単に薬剤の開発環境というものが作れるものなのだろうか?また、Googleグループにはバイオテック技術者を集めたベンチャー企業「Calico」がすでに存在しており、今後両者の関係はどうなるのだろうか。このように、前途は依然として視界不良と言わざるをえない。

23andMeが新薬開発に進出する背景を理解する上で、もちろんFDA勧告とそれに伴う事業再定義が重要なポイントだが、それよりも冒頭に掲げたアン・ウォイッキ氏自身の言葉に注目すべきかもしれない。この10年間に渡るウェブ進化によって「消費者あるいは患者が、直接医療研究や薬剤開発プロセスに主体的に参加する」ことは実現可能になってきている。その際、アン・ウォイッキ氏も指摘するように、消費者あるいは患者は単なる「実験の被験者」という立場ではなく、むしろ当事者メンバーとしてプロジェクトに参加するようになるだろう。そして膨大な数の消費者あるいは患者が自発的に開発プロジェクトに参加することは、従来の薬剤開発や治療法発見のプロセスを大幅に加速し、圧倒的なコストダウンを実現するだろう。アン・ウォイッキ氏の発言は、これらビジョンに基づくものであり、従来とは違うやり方を自分たちは創造できるとの自信がそこから伝わってくる。

あらためて23andMeのチャレンジを一言で言えば、「消費者参加によるデータ・ドリブンな新薬開発」となる。果たして、これが本当に従来の新薬開発プロセスを上回る成果を生み出せるものかどうか。今後に注目したい。

(参考)
“Here’s How 23andMe Hopes to Make Drugs From Your Spit Samples”,TIME
“In Big Shift, 23andMe Will Invent Drugs Using Customer Data”,Forbes
“23andMe to Mine Genetic Database for Drug Discovery”,THE WALL STREET JOURNAL
“23andMe Turns DNA Data Into Drugs in Startup’s Latest Twist”,Bloomberg
“23andMe plans to move beyond genetic testing to making drugs”,THE VERGE

三宅 啓  INITIATIVE INC.


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>