実は昨日エントリをポストしたのだが、今朝起きて改めて読み直し、結局削除することにした。昨夜、Health2.0のことをあれこれ考えて書いているうちに、筆は次第に熱を帯びて滑り始め、いつしか通俗的2.0論批判に行き着いていた。しかし今更、こんなことに関わり合うのも馬鹿げていると思い直した。「2.0」時代がそろそろ終わりかけようとしているのに、医療分野だけいまだに「2.0」が取りざたされているというのも、考えてみれば奇異な光景ではないか。通俗的で凡庸、おまけに一知半解の「2.0論」というヤツが、とりわけ医療分野に生きながらえてそれに十分辟易しているとしても、この上とやかく言うのもつまらないことだ。そんなことは無視して、今後のビジョンだけに集中すべきだろう。
一週間前のエントリで、「データとフロー」がHealth2.0ビジネスモデルを考える際のベースになるだろうと言っておいた。そしてこの「データとフロー」という対句をしげしげと眺めているうちに、いつしかそこから一つの言葉が、徐々に明確な輪郭をもって立ち現れてくる気配を、今年になって実感し始めている。それは「リサーチ・イノベーション」という言葉だ。Health2.0の一つのビジョンとして、また特にdimensionsの位置づけを検討しているうちに、「リサーチ・イノベーション」ということを最近考え始めるようになってきた。
思い返せば昨秋のHealth2.0_SF2010カンファランスにおいて、イスラエルのFirstLifeResearchとTOBYOが患者生成コンテンツに基づく新しいプロジェクトとして登場した。どちらも患者生成コンテンツをベースとして、これまで医療界に存在しなかったリサーチを実現しようとしている。それは「最初にデータありき」という、まったく新しい調査の開発を目指すものである。
私たちはこれまで、このブログでTOBYOプロジェクトの特徴を様々に説明してきたのだが、「最初にコンテンツありき」ということが、やはりTOBYOプロジェクトにとってきわだって重要なことだと思っている。「これからコンテンツを書いてもらうのではなく、もうすでに存在しているコンテンツを集める」ということがTOBYOプロジェクトの肝なのだ。ウェブが始まって以来、今日に至るまで夥しい数の患者体験ドキュメントが公開されてきた。それらを可視化することを通じ、いつのまにやらTOBYOプロジェクトは「リサーチ・イノベーション」の方向へと舵を取っていたのである。その最初の成果がdhimensionsであると、最近考えるようになってきた。
TOBYOプロジェクトが「最初にデータありき」で闘病ユニバースを可視化してきたように、「最初にデータありき」というまったく新しいリサーチの方法論があるはずなのだ。私たちがTOBYOプロジェクトを通じて収集してきた患者体験ドキュメント。これは一体どのような性質のデータなのだろうか。私たちはこれまで、あえて従来の「闘病記」という手垢にまみれたパッケージとして、これらを見ることを拒否してきた。そのことを何回も繰り返し考え、書いてきたのだが、今にして思えばそれら「脱闘病記」の延長線上に見えてきたものは、「調査票なきデータ集合」とでも呼ぶべきものだった。「質問のない回答」とでも呼ぶべきものだった。
ウェブ時代にあって、「調査目的、調査手法、調査票、実査、回収、集計、分析」など、一連のレガシーな調査設計と手順を墨守する必要はなくなった。ウェブ時代の現実に適合した新しいリサーチ方法があってもよいはずだ。たとえば「最初にデータありき」というリサーチがあってもよいはずだ。私たちの目の前には、患者とその家族が自発的に記録した少なくとも数百万ページに及ぶ「闘病体験ドキュメント=データ」集合がある。これはすべての「質問の発話」(調査)に先行して存在している。であるならば、この現実から出発すればよいのだ。「合理的論理的な質問が先に発せられ、その後に回答(データ)が得られる」のではなく、「先にデータが存在し、後で質問が発せられる」ような調査方法があってもよい。すでにデータはあるのだから。
リサーチ・イノベーションとは、ウェブによる「最初にデータありき」というまったく新しいリサーチの開発を目指すものである。構造化されたデータ集合に対し、事後的に「質問」を投げかけると「答え」が返ってくるような、たとえばそんなイメージである。「質問」は、事後的に何通りでも生成することができるようになる。私たちのTOBYOプロジェクトは、今後この「リサーチ・イノベーション」というビジョンの下に進められることになるだろう。
三宅 啓 INITIATIVE INC.